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今を去る二百余年前、常陸国結城郡荻野村在先祖水屋伊兵衛、志を立て出府、江戸の聖天横丁に居を構え長子長吉、天明八年石匠となり、初代石屋長吉と称し家業を興し基礎を固む。 其の次子鉄五郎松ヶ谷の堂前に転じ屋号を結城屋と改め二代目となり代々結城屋鉄五郎を継ぎ粒々辛苦して家業の隆盛を計る。 明治初年、五代倉吉在所の名称を以って其の姓とし荻野倉吉と称し父母の業を継承す。
先々代庄太郎に至り土木建築業を兼ね、宮内省、逓信省御用達となり宮家の墓所、浅草寺仲見世商店街他著名の工事を施工するも昭和二年、各寺院の指名に依り兼業を廃し真宗大谷派本願寺墓地(ひばりが丘)移転に際し指名石材業者として現在地に転ず。
以来、三十有余の寺院の御支援に依り墓地発展のため業務に専念し、商号は石鉄・合名会社荻野工業所・荻野組・荻野石材店・荻野石材有限会社を経て、荻野石材株式会社となり、平成9年12月12日有限会社龍光を創設、現在に至る。
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